本名:嶋田源一郎
身長:189cm
体重:120kg
相撲時代の成績
・初土俵 1964年初場所
・新十両 1971年秋場所
・新入幕 1973年初場所
・最終場所 1976年秋場所
・最高位 前頭筆頭
・幕内成績 16場所、108勝132敗、勝率.450
タイトル歴
・三冠ヘビー級
・IWGPヘビー級
・日本J1選手権
・PWFヘビー級
・UNヘビー級
・インターナショナルヘビー級タッグ
・世界タッグ
・IWGPタッグ
・NWA世界6人タッグ
・WAR認定世界6人タッグ
・アジアタッグ
・WMGヘビー級タッグ
・ハッスルスーパータッグ
得意技
・DDT(Dangerous Driver TENRYU)
・WARスペシャル
・パワーボム
・53歳
・逆水平チョップ(天龍チョップ)
・ラリアット
・延髄切り
・グーパンチ
・モンゴリアン袈裟切りグーパンチ
入場曲:Thunder Storm(作曲 高中正義)
略歴
1950年2月2日、福井県勝山市に生まれる。
63年12月、13歳で大相撲の二所ノ関部屋入門。
天龍の四股名で73年1月場所から16場所在位し、
西前頭筆頭まで上り詰めるが、師匠の死去に端を発する
部屋の後継問題(押尾川事件)に巻き込まれる。
その後、再入幕した76年9月場所、
東前頭13枚目で8勝7敗で勝ち越したのを最後に廃業。
同年10月、26歳の時、電撃的にプロレスに転向、全日本プロレスに入団する。
アメリカ・ファンク道場で修業し、同年11月13日には髷をつけたまま、
アメリカ・テキサス州ヘレフォードにてテッド・デビアス戦でデビュー。
84年2月23日の蔵前国技館でリッキースティムボートを破り
UNヘビー級王座を初戴冠、以降ジャンボ鶴田とのタッグ、鶴龍コンビでの活躍、
また85年1月から87年3月の期間、長州力率いるジャパンプロレス軍団との戦いでは、
長州に対してむき出しのライバル心を見せた。
長州離脱後の87年6月6日に全日マット活性化のための
意識革命を宣言し、阿修羅・原とレボリューションを旗印に
天龍同盟を結成、89年6月5日には日本武道館でジャンボ鶴田を破り三冠統一ヘビー級王座を獲得、
同年11月タッグ対決ながらジャイアント馬場からのピンフォールを奪うなど、
常に全日マットの先頭を走り続けた。
90年4月19日の横浜大会を最後に新団体SWSに移籍、
92年6月にSWSが解散。
同年7月にWARを旗揚げ。
新日本プロレスとの対抗戦で長州力、橋本真也などを破り、
94年1月4日の東京ドームでアントニオ猪木からピンフォールを奪った。
馬場、猪木の双方からピンフォール勝ちしたことのある日本人レスラーは天龍のみである。
98年2月よりフリーとなり2000年7月には古巣である全日本プロレスに10年振りに復帰。
その後はWJなど数々のマットを歩きながら、2005年初頭からNOAHに参戦。
三沢、小橋、小川らと激闘を繰り広げている。
またDRAGON GATEにも参戦し、WAR時代の後輩であるマグナムTOKYOと十番勝負を繰り広げる。 |